インドに掃除をしながら悟りを開いたお坊さんがいました。お釈迦様の愛弟子で周梨槃特しゅりはんどくと言います。周梨槃特は兄の摩訶槃特に誘われてお釈迦様の弟子となりました。この兄は聡明でしたが、周梨槃特は、物覚えが悪くて朝聞いたことも夜になると忘れてしまう有様でした。その上、自分の名前も覚えられず、名前を背中ににな い、人に名前を聞かれると背中を指差し教えるほどでした。ですから他の弟子からいつもからかわれていました。周梨槃特はそういう自分が情けなくなって、門の外で泣いていました。見かねたお釈迦様が「なぜ、そんなに悲しむのか」と優しく声を掛けると、周梨槃特は正直に一切を告白し「私はもうお坊さんをやめたいです。どうして私はこんな愚か者に生まれたのでしょうか」とさめざめ泣きました。お釈迦様は「悲しまなくてもよい。おまえは自分の愚かさをよく知っている。世の中には、自身の愚かさを自覚しないでいる者が多い。愚かさを知ることは、とても大切なことだ。」と優しく慰められて、一本の箒と「塵を払い、垢を除かん」の言葉をお授けになりました。周梨槃特はそれから毎日「塵を払い、垢を除かん」と繰り返しながら掃除をし続けました。
 ある日、周梨槃特は、いつものように庭の掃除をしていました。お釈迦様が、「毎日頑張っているね。でも、一ヶ所だけまだ汚れているところがあるよ」と声を掛けました。周梨槃特は不思議に思い「汚れているのはどこですか」と尋ねましたが、お釈迦様はだまったままでした。それからもずっと周梨槃特は「塵を払い、垢を除かん」と唱えながら、心を込めて掃除を続けました。
 しばらくたったある日、「汚れていたのは自分の心だったのか」と気づきました。その時、お釈迦様は周梨槃特の後ろに立っていて「これで全部きれいになったね」と仰いました。お釈迦様は、周梨槃特のひたむきな精進を評価せられたのです。
 周梨槃特が亡くなった後、墓から名前のわからない草が生えてきました。周梨槃特のお墓から生えてきたので、いつとはなしにその草を「 茗荷みょうが 」(名を荷う)と呼ぶようになりました。茗荷を食べると、物忘れがひどく馬鹿になると言われるのも周梨槃特の逸話からきたものです。

合 掌



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