昔、大変意地悪な姑と、心の優しい信仰心の厚い嫁がいました。嫁は、どんなことでも姑の言う様に勤めていました。嫁の楽しみは、毎晩仕事が終わった後で、お寺参りをすることでした。
 何とかしてこの嫁を虐めてやろうと思っていた姑は、嫁を呼んで、「私は下の句を作るから、お前は上の句をつけてごらん」と言い、そして『世に鬼婆と人の言ふなり』と示しました。 すると嫁は、暫く考えて『佛にも まさる心を知らずして』と答えました。 上の句を聞いた姑は、自分の悪口を言い易いような下の句を作って困らせてやろうとしたのに、『佛にも まさる心を知らずして 世に鬼婆と 人の言うなり』となれば、文句をつけることは出来ません。姑は、益々嫁が憎くなりました。
 ある晩、嫁がお寺参りに出掛けてから恐ろしい般若の面を持って暗闇に隠れ、嫁の来るのを待ち伏せました。嫁は、真っ暗な道を念佛を唱えながらやってきました。般若の面を付けた姑は、突然嫁の前に飛び出し嫁を怖がらせました。 しかし嫁は、驚く様子もなく「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛」と念佛を唱え続けました。拍子抜けした姑は、急いで帰って嫁が戻らない内に鬼の面を外そうとしましたが外れません。そこへ嫁が帰ってきてしまいした。 面が取れないで苦しんでいる姑の姿を見た時、力を合わせて面を取ろうとしました。でもどうしても取れません。「さあ姑さま、一緒にお寺にお参り致しましよう。きっと面が取れますよ」と優しく手を取り寺に向かいました。 お説教を聞かせてもらった姑は、それまでの行為を恥じて、涙を流し心から嫁に許しを乞いました。嫁は、姑の心がやっと信仰に向かったことを知って、 共に手を取り合って喜びました。すると般若の面はぽろりと外れました。

 この歌を詠んだ税所敦子さいしょあつこさんは京都の公家侍、林篤国氏の娘として生まれました。父は歌人としても有名で、敦子さんも歌を習うようになりました。 敦子さんが20歳の時に、税所篤之氏と結婚し幸せな生活が続くと思われましたが、敦子さんが28歳の時に夫は亡くなってしまいます。姑は、近所から「鬼婆」と称される気性の激しい人物だったようですが、 敦子さんは献身的に姑に仕えました。 ある日、機嫌の悪かった姑が敦子さんに上の句を付けて歌を作ってみなさいと言います。敦子さんは、日頃の思いを素直に歌に託しました。じっと歌を見ていた姑は、突然感動で泣き出したといいます。敦子さんの清らかで美しい心が作り出した歌に姑は気が付きました。

 人間は誰もが完璧ではありません。欠点を指摘し罵っても憎しみが増すばかりです。嫁姑、夫婦、兄弟、職場等、どの場合でも楽しく過ごすことは出来ません。 お互いを認め合い感謝する心、辛抱する心があってこそ優しさが信頼を生み、拝み合う世界があるのではないでしょうか。人間関係の不和からストレスが重なり、体調を崩し精神までも患い兼ねません。この苦しみを克服するのにはどうしたらいいでしょうか。
 お釈迦様は「間違いを糾弾するのではなく、許す心が大切です。自らを反省し感謝して仕事に励みなさい」と教えて下さいます。

合 掌



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