平成10年8月、私は旧ソ連のウズベキスタン南部のテルメズへ旅行しました。玄奘三蔵法師ゆかりの地を巡拝する旅で、100人余りの人々のお世話をしながらの20日間でした。テルメズはアムダリア川を挟んでアフガニスタンと国境を接し、紀元1世紀から7世紀にかけ佛教が栄えた歴史ある都市です。「大唐だいとう西域記さいいきき 」にも登場する街で、当時の寺院跡も多く残されています。  
 ソ連はアフガニスタンに対する経済援助の目的で、この町に流れるアムダリア川に「友好の橋」と名付け、立派な鉄橋を架けました。ところが完成間もない1979年、ソ連はこの橋を使って侵入し、以後10年間にわたって武力介入しました。友好の絆となる筈の橋が侵略の橋となってしまったのです。以来この一帯は一触即発の絶えず緊迫した状態にあり、危険地帯に指定されていました。 私たちは、歴史的な橋を一目見ることも旅の記念になるとバスを連ね、物見遊山で見学に行きました。到着したバスから一行がゾロゾロと降り立つと、すぐに銃を構えた兵隊が「何をしに来た」と大勢走ってきました。私たちは「ちょっとでいいから記念の写真を撮らせてほしい」と頼みましたが、「ただちに帰れ」の一言でした。
 日本は、何の不自由もなく安穏な日常生活を送っています。国境問題や民族紛争、そして平和について真剣に考えることもなく、すべて他人事でしかありません。経済だけは繁栄するものの国際問題の現場をも観光地と錯覚するまさに平和ぼけの国です。
 国連の事務総長特別代表を務められた明石康氏にお目にかかる機会がありました。明石氏は旧ユーゴ・ボスニア内戦解決の最高責任者として軍事や人道援助などすべての国連活動の指揮を執る中で、武力行使ではなく対話による和平実現のため尽力された方です。多くの問題に取り組まれた明石氏は、今の日本は「違いに喜ぶことができる心」を持つことが大切だとおっしゃいました。
 日本は衣食住の生活が満たされており、言論も宗教も自由で、人権も保たれています。その平和に飽き足りず、欲望の限りを尽くしているのが現在の我々です。民族の対立が平和を求める宗教までも巻き込んで抗争の源になっている諸外国と比べ、日本はいかに平和であるか、その違いを認識し、喜ぶことができる私たちでなければ真の国際人とはいえないのではないかと思います。
 テルメズ旅行の帰路、飛行機でその地を離れました。黒くうねったアムダリア川にかかる「友好の橋」は銀色に輝いていました。

合 掌



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