南都の寺々ではお正月は吉祥きちじょう天女をご本尊としてまつり、修正会しゅしょうえとして吉祥悔過きちじょうけかの法要が修されていました。
吉祥天女は「金光明最勝王経こんこうみょうさいしょうおうきょう 」に説かれる女神で、福徳豊穣の守護神として信仰を集めています。このご宝前において、知って犯している罪、知らず知らずに犯している罪を 懺悔さんげし、除災招福、天下泰平、国家安穏、五穀豊穣を祈るもので、薬師寺においては、奈良時代の宝亀二年(771年)より毎年欠かすことなく勤められています。
 薬師寺の吉祥天女は、麻布に描かれた縦53cm、横32cmの画像で、1200年の間守り伝えられてきた貴重なものです。左手に福徳を表す赤い宝珠を載せ、右方に歩みを進める貴婦人の姿で、高く結い上げた まげ や髪飾りとともに唐の華やかな風俗を伝えるまさに 精緻優艶せいちゆうえん蛾眉豊頬がびほうきょう な唐美人の姿です。毎年元旦より3日までの金堂薬師如来のご宝前に修正会のご本尊として祀ります。 新年を迎えると、村の鎮守の氏神さまを参拝したあと寺々の吉祥天女をお参りし、この美しさにあやかると共に1年間の幸せを願って「吉祥天女めぐり」をするのが正月の慣わしで、それが初詣の始まりとなったのです。そして参拝した証として御札を受けるのです。 1年間お守りいただいた古い御札を新しい御札と取り換え、家庭の幸福と平穏を願って祀ります。授かった御札は神棚や佛壇に仕舞い込むのではなく、玄関の鴨居の上に並べて貼るのです。すると、貼ってある家には「福の神」が来るし、貼っていない家には「鬼」が来ると信じられていました。 今時、福の神や鬼がいるはずがない、とだれもが信じようとはしません。でもちゃんといるのです。どこにいるのかというと「恐ろしき 鬼の住処を訪ぬれば 邪見な人の こころにぞ住む」と古人は伝えています。 毎日毎日、心穏やかな日ばかりではありません。悲しいときも、苦しいときも、腹の立つときもあります。人を恨んだり妬んだり、貪りや怒りや愚かな心を抱いたまま外出したり、帰宅したりが世の常です。毎日出入りする玄関で御札を目にしたとき、初詣で吉祥天女にお参りして「どうぞ今年1年間福を頂けますように、平穏無事でありますように」と祈った事を思い出してください。 腹を立てて不平不満を家庭に持ち込んだり、外で八つ当たりしても何の得にもなりません。「ここで気持ちを切り替えよう」と思った時、心にはびこる鬼は追い出され、代わりに福の神が宿ってくださるのです。その心を切り替える場所が玄関です。

合 掌



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