薬師寺の使命は佛法を広め人々の心を豊かにすることは勿論の事、芸術美を後世に継承することも重要であると考えています。
薬師寺を発願ほつがんされた天武天皇は芸能や技術を奨励されました。『日本書紀』に『天武4年(675)2月9日、大倭やまと・河内・摂津・山背やましろ・播磨・ 淡路・丹波たには・但馬・近江・若狭・伊勢・美濃・尾張らの国に勅して、 「管内の人民で歌の上手な男女、侏儒しゅじゅ伎人わざひと(俳優)を選んでたてまつれ」といわれた。そして4月23日、種々の才芸ある者を選んで禄物を賜った。 更に天武14年(685)9月15日この日詔して、「およそすべての歌男・歌女・笛を吹く者は、自分の技術を子孫に伝え、歌や笛に習熟させよ」といわれた。』とあります。
 今回の国宝東塔解体大修理に際し、基壇を発掘調査した結果、版築はんちく工法による創建当初の基壇が良好に残されている事が確認されました。発掘調査の折に取り出した創建基壇土の一部は、元に戻すことが不可能でした。 残土として廃棄してしまえば只の土となってしまいます。白鳳時代より繋いできた土の命を、更に千年先まで伝えることは出来ないかと考えていました。 そこで、薬師寺とのご縁の深き陶芸家の先生方に新たな命を創造させることは出来ませんかとご相談申し上げ、東塔の1300年の命の再生に華をお添え頂きたくお願い申上げた処、基壇土を水と火の和合によって高い精神性と芸術性をもつ見事な作品として命を蘇らせ、 「平成の至寶」「平成の寶玉」としてご奉納頂きました。
 佛教の教えの中に、「土石どしゃく転じて金銀こんごんと成る」と言う言葉があります。 捨てられてしまえば基壇土としての命がなくなり廃棄物となってしまいますが、先生方の伝統技術と感性によって平成の御代に永遠の命を蘇らせ、立派な工芸作品としてご奉納下さいました。これらの作品は、国宝東塔落慶法要に際し、荘厳のお道具として使用する予定です。
 白鳳時代に天武天皇や持統天皇の芸能や技術を奨励された精神は、平成の至寶として引き継がれ、ご佛前を荘厳するとともに末永く継承される事でありましょう。 千三百年という悠久の時の流れに思いを馳せ、清新かつ高潔で優美な芸術文化の輝きに感動を感じずには居られません。諸先生の熱意と物造りとしての姿勢、そして白鳳の命の融合を叶えて下さいました精神性は、正に佛教精神の真髄であると敬意を表すものです。(平成の至寶の奉納作品は、図録に編集されています。)
 

合 掌