インドのある国にサッピ王という王様がいました。この国は平和で、国民は、穏やかな暮らしをしていました。時々王様は、城を出て人々の暮らしを見て回り、皆が喜ぶ政治を行おうと心掛けていました。
 ある日の事、城外に出掛けた王様は、靴直しのお爺さんに問い掛けました。「この世で一番楽なのは誰だと思うかね」。すると靴直しの老人は「そりゃぁ王様に決まっているさ。毎日美味しいものばかり食べて、綺麗な服を着て、美しい女性に囲まれて、豪華で大きなお城に住んでいられるのだから、楽に決まっているよ」「王様の仕事も思ったほど楽じゃないと思うよ」、靴直しの老人は「そんな事がある訳がない。私は一日でいいから、王様になってみたいものだ」と言いました。
 王様は、この老人に暫くの間、王様の仕事をさせてみようと思いました。そこで、王様は老人にワインを勧めました。生まれて初めて飲むワインに、老人は、すっかり酔っぱらってしまいました。そして王様はこの靴直しの老人を、眠っている間にお城に運ばせました。「この老人は、王様程楽な仕事はないと思っています。二・三日の間、国の政治を執らせ皆の働きぶりを見てもらおうと思う。知らない振りをして、王様と思って仕えなさい」。
 豪華なベッドで寝ていて、酔いから覚めた靴直しの老人の横に侍女が現れました。「王様は、お酔い遊ばしてお休みになりましたので、政の採決が溜まっています。執務室にお出まし下さい」。靴直しの老人が、国王になった気になって王座に就いた途端、次々と大臣が決裁を求めて訪ねてきました。一日中休息する暇もありません。老人は、余りにもの忙しさに、疲れ切ってしまいました。夕食に沢山の御馳走が運ばれてきましたが、食べようとしても喉を通りません。身も心も疲れ果てた老人は、日々痩せ衰えていきました。「靴直しの仕事は大変なのに、王様の仕事はもっと大変だ。楽しいどころかこんなに辛いものとは思ってもいなかった」。
 侍女が心配して「王様はお疲れのようで御座いますので、踊りや音楽をお楽しみください。」何杯かワインを飲んでいる内に酔って眠ってしまいました。その間に靴直しの服に着替えさせ元の家に運んで、寝かせるように命じました。酔いが醒め気が付いた老人は、本来の姿の自分にホッとしました。
 数日経ってから、王様は再び靴直しの老人を訪ねました。老人は、「あなたに頂いたワインを飲んで酔っ払い、王様になった夢を見ました。王様って楽な仕事だと思っていたけど、懲り懲り。靴直しの仕事が一番」と言いました。王様はそのことをお城に帰って皆にお話しされました。

『六度集経』

合 掌



「加藤朝胤管主の千文字説法」の感想をお手紙かFAXでお寄せください。
〒630-8563
奈良市西ノ京町457 FAX 0742-33-6004  薬師寺広報室 宛