昔、インドにとても慈しみ深い王様がいました。王様は、全ての国民が幸せであるように願わずにはいられませんでした。貧しい人には施しをし、寄る辺のない人を労わるばかりでなく優しくすることが当たり前でした。
優しい王様の噂は、遠くの国々まで知れ渡っていました。そんな噂を聞いた隣の国の欲張りな王様は、大臣を呼んで相談しました。「隣の国の王は優しさを売り物にしていて、国を護る兵隊を育てていない。我が国の兵隊を送って隣の国を攻め滅ぼし、我が国の領土にしよう」。大臣は大賛成で、早速兵隊を集めて隣の国に攻めていきました。驚いたのは優しい王様でした。戦争を考えた事も無い優しい王様は、戦争を行うことを専門にする兵隊を備えていませんでした。
国民が負けるに決まっている戦争に加わり国民を苦しめるよりも、自分が王様をやめて国民を守ることにしよう。と優しい王様は一人でお城の西門から出て、国境の草原に向かいました。欲張りな王様は、お城の東門から攻め入り、国を占領しました。
国境の草原に佇んでいた優しい王様のところへ、一人の男がやってきました。王様はその男に話し掛けました。「何処へ行くのですか」「はい、この国の王様は大層情深く、貧しい人を労わって下さると聞いています。お目に掛って慈悲の心の尊さを教えて頂こうと思い、遥々遠い国からやってきました」「あなたが訪ねようとしている王様は、実は何一つ持っていないこの私です」男は尋ねました。「どうして王様がこんな処に一人でおられるのですか」。王様は事の次第を詳しく話しました。お金を恵んでもらう事を楽しみにしていた男は、何一つ持っていない王様を見て落胆しました。慈悲深い王様は、男に「悲しむことはありません。この私を縛って、欲張りな王様に差し出しなさい。きっと沢山のお金をくれるでしょう」「そんなことをすれば、王様は殺されてしまいます」「私は殺されることを厭いません。それより貴方の家族が幸せになれたら、そんな嬉しいことはありません。さあ早く縛って連れて行きなさい」。
男は言われるままに優しい王様を縛って欲張りな王様に差し出しました。欲張りな王様は、男にお金を与えました。そしてどうやって捕まえることができたのかと尋ねました。男は正直に答えました。「縛って差し出せと言われたので、しただけです。頂いたお金は全部お返ししますから、この王様の命をお助け下さい」。男は床に頭を擦り付け一心にお願いしました。その話を聞いた欲張りな王様は、早速縛っていた綱を解き、「王様こそ本当の王様です。初めて目が覚めました。直ぐに兵隊を連れて国へ帰ります。」
二つの国はいつまでも仲良く暮らしました。『雑譬喩経三十四』
合 掌
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