昔々、ケチな金持ちがいました。ある日、道で饅頭を食べている乞食に出逢いました。乞食が美味しそうに食べている饅頭を、自分も食べたくなったので「わしにも少し分けてくれないか」と頼むと、乞食は饅頭を二つに割って分けてくれました。ところがその饅頭は腐っていて、「こんな腐った饅頭が食べられるか」と怒って捨ててしまいました。
ケチな金持ちは、美味しい饅頭が食べたくなったので、家に帰って奥さんに饅頭を作ってくれるように頼みました。「だが待てよ。私が饅頭を食べていると、家族全員が欲しがるだろうな。皆に食べさせるなんて勿体ない、誰にも見つからない所で作ってもらおう。出来上がっても誰にも食べさせないからな」と言って、御殿のてっぺんの部屋で、こっそり作ってもらいました。奥さんは、言われた通り家族にも言わずにひたすら作りました。
すると何処からともなく、さっきの乞食が入ってきました。ケチな金持ちは、驚いて「誰から聞いて来たんだ。お前にやる饅頭はない。帰れ、帰れ」と追い返しました。乞食は「自分だけで食べてはいけません。村人にあげてください」と言いましたが、ケチな金持ちはいう事を聞きません。更に「帰らないと鞭で叩くぞ」と脅しました。すると乞食は、「村人にあげないと御殿が焼けてしまうぞ」と言いながら帰りました。御殿が焼けてしまってはたまりません。怖くなったケチな金持ちは、「小さな饅頭でいいから焼いてやれ」と奥さんに言いました。ところが一つまみの粉で焼いた饅頭は、膨れて鍋一杯になりました。「一つまみの粉で作った小さな饅頭でいいんだ」。ところが、もう一度焼くと今度も鍋一杯に膨れました。そして焼けた饅頭は、みんなくっ付いてもっと大きな一つの饅頭になりました。「勿体ないけど御殿を燃やされるよりましだ。乞食に全部くれてやれ。今度はわしが焼く」。しかしケチな金持ちが焼いた饅頭は膨れません。何度焼いても膨れないので、とうとう粉を全部使ってしまいました。そして御殿中が饅頭だらけになりました。でもケチな金持ちは、この饅頭を誰にもやろうとしません。腹を立てたケチな金持ちは「穴を掘って埋めてしまえ」と怒鳴りました。するとまた何処からかあの不思議な乞食が現れました。「捨てるのは勿体ないので、村人にあげてください」という乞食の声も聞こえないケチな金持ちは、美味しい饅頭が食べたい事に執着して、更に粉を買い求め饅頭を焼き続けました。喜んだのは村人です。お蔭で食べ物に困らなくなりました。ケチな金持ちはお金が無くなるまで、饅頭を焼き続けました。
このお話は、『南伝大蔵経第78 イッリーサ長者本生』に登場します。
欲張りけちん坊の滑稽なお話です。お饅頭を食べたいけれど、独り占めして誰にもやりたくないから、こっそりと隠れてお饅頭を作る気持ちは、本人には解らないおかしさです。そのケチな心の状態は、他人事では済まされません。焼いても焼いても膨らまないのは、当たり前のようにある慣れた日常生活に対する思い上がりへの警鐘です。欲望によって目の前が見えなくなったケチな金持ちは、自らの欲望に引きずられることになりました。このお話を読んで、執着を捨てる事はとても難しいことだと思いました。
合 掌
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