昔々インドのハラナという町にグッチラという音楽師がいました。グッチラは、インド一と言われる立派なビワ弾きでした。王様をはじめ誰もがグッチラの美しい音色を聞くのが楽しみでした。
 ある時ハラナの人々が遠くの町へ旅をした時、町の音楽師に頼んでビワを弾いてもらいました。名前をムーシラと言いますが、演奏がとても下手で、皆欠伸あくびをしたり、中には居眠りをする人もいました。その様子を見て音楽師のムーシラは怒りました。旅人は「ハラナにはインド一と言われるグッチラという音楽師がいるんだ」と褒め称えました。
 人を押しのけてでも自分の望みを叶えようとするムーシラは、先ずグッチラの弟子になろうと思い、家の前でビワを弾いていました。その時グッチラは留守をしていて、目の不自由な両親しかいませんでした。ビワを鼠がガリガリと齧っているようにしか聞こえなかった両親に、ムーシラが「グッチラ先生にビワを習おうと、遠い町から参りました」と両親のご機嫌取りをしているところへ、グッチラが帰ってきました。

 グッチラは、一目見てムーシラのずるさがわかりました。グッチラは、一旦弟子にすることは出来ないと断りましたが、両親に頼まれた為、弟子にする事にしました。優しいグッチラは、自分が覚えている曲を残らず教えました。下心を持つムーシラは、次に王様の音楽師にしてもらえる様に頼みました。王様は「解った。でも給料はグッチラの半分だ」と言いました。ムーシラは半分と聞いて怒り出しました。そして「私はグッチラの知っている曲は全て知っております。それなのに給料が半分という事はひど過ぎます」。そこで王様は二人にビワの弾き比べをさせました。ムーシラと競争をする事を聞かされて、もし自分が負けるようなことになったらどうしようと、グッチラは心配になりました。
 その夜グッチラは夢を見ました。神様が現れて、一本の糸を切りなさい。それから次々と糸を切りなさい。向かい合った二人は、王様の前でビワを弾きながら、グッチラは夢で見たように一本二本と糸を切りました。いくら切ってもグッチラのビワはいい音を奏でました。その時空からグッチラの上に花が舞い降りてきました。
 このお話は、『南伝大蔵経 第四二三』に登場します。
 ムーシラの慢心は醜い身勝手さを現し、人間味溢れるグッチラの優しさは、暖かな共感と安心を感じさせてくれます。

合 掌



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