6世紀中頃、日本に佛教が伝来して以来、遣隋使や遣唐使によって中国から多くの思想や制度や文化が伝来しました。しかしその思想は本来の佛教思想だけではなく、道教思想も佛教として伝えられました。
例えば「柔よく剛を制す」「足るを知るは常に富む」「恨みは水に流し、恩は石に刻め」等出典が佛教から来ている言葉と思われていますが、佛教経典には登場しません。
中国の道教思想は、仙人にあこがれて現世を超越し、不老不死の薬を得て天地とともに終始し空を飛ぶ等、自己の理想的な生活や行動の実現を願う事でした。静かな瞑想や生き方を通じて悟りを得るという点で、お釈迦様の教えに類似している様に錯覚しがちで、自然と調和し精神的な豊かさを追求する思想が、佛教の実践に合致していて、遣隋使や遣唐使の使者は区別できないまま佛教思想として日本に伝えました。
老子が説いた「道」を中心とする思想は、後に「道教」として体系化されます。老子や孔子、荘子の思想は、日本にも大きな影響を与え、中国発祥で自然との調和を基本とする禅宗、茶道、武士道の「無為自然」「柔よく剛を制す」といった教えと合わさり、日本の生活文化や芸術にも深い影響を与え広がりました。
「柔よく剛を制す」は、柔らかなものが硬いものに打ち勝つという意味で、しなやかさや柔軟性の力を強調していて、無理に強さを追求するよりも、自然に逆らわない姿勢が真の強さであると教えています。
「足るを知るは常に富む」は、今あることに満足を知る事こそ本当の姿であり、物質的な豊かさを求めるだけでなく、内面的充実感や精神的な富裕さを重んじる事の大切さを説いています。
「恨みは水に流し、恩は石に刻め」は、恨みを倍返しするのではなく、自分の手柄を忘れて受けた恩は一生感謝するという事です。
蔣介石総統は、昭和20年8月15日の終戦時に「恨みに報ゆるに徳を以てす」と全世界及び中国国民に対して、日本人に危害を加えないようにと演説しました。このため中国に駐屯していた二百数十万人の日本人は、危害を加えられることなく日本に帰国することができました。
恨みは消しようがありません、だから恨まれるような事は最初からしない事です。
受けたご恩は小さなことであっても心に留め、その人に返すのみならず、より多くの人に振り向け、更に自分が施した事は瞬時に忘れる事です。
地位や権力が付いてくると、自分の力でのし上がってきたかのように錯覚してしまいますが、「不障の増上縁」と言って知らず知らずの内に多くのお蔭を頂いています。徳には徳をもって報い、周囲への感謝を忘れないで生きる事が大切です。
理屈はよくわかっているけれど、なかなか実践できない教えです。
合 掌
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