インドの北に聳えるヒマラヤ山から流れ出た水はガンジス川となり、谷を潜り平野を横切り海に注ぎます。その川の河岸の流れの中に突き出た岩山があって、そこに一匹の狼が住んでいました。
 この年はヒマラヤ山に沢山の雪が降ったため、春になるといつもの年より多くの雪解け水がガンジス川に流れ込んできました。水かさが増えたため、岸と繋がっていた岩山が島になってしまいました。早く逃げればよかったのですが、狼は島になった川の中に取り残されてしまいました。その内に水が引くと気楽に考えていた狼は、水が引くどころかどんどん増えるばかりで、何日も岩山に取り残されてしまいました。食べるものも無くなってしまうし、探しに行こうにも小さな岩山の為、何処にもありません。
 大変な事になったとはじめは慌てましたが、慌ててもどうにもならない事に気が付きました。以前じっと座っている修行者を見た事を思い出し、そこで自分も断食修行をして悟りを開こうと固い決心をしました。目をつむって岩の上に座り佛様を拝み始めました。
 狼の様子を天から見ていたインドラの神は、本当に佛様の教えを聞く固い決心をしているのかどうか試してみようと思い、ヤギの姿になって岩山に降りてこられました。断食修行をしている狼の処に、わざと音を立てて近付いて行きました。いかにも偉そうな顔をして目をつむって断食修行をしている狼が目を開くと、「こんな修行は何も今日からでなくてもできる」と思うが早いか、いきなり立ち上がってヤギをめがけて飛び掛かってきました。しかしそのヤギは、神様が姿を変えているだけで、大きな口を開け鋭い牙を持つ狼が追い掛けても捕まえられる筈がありません。小さな岩山を上手く逃げ回るヤギを、腹ペコの狼が食べたい一心で追いかけまわしたので、ヘトヘトに疲れてしまいました。
 見っとも無い姿を曝した狼は、ヤギを追い掛ける事を諦め元の処へ戻ると、「ああよかった、折角決心した断食修行を破ってしまう処であった。これからは余計な事を考えないで修行を続けよう」といかにも立派な振りをして目を瞑って座り始めました。その様子だけを見ていたら、誰でも立派な修行者に見えます。しかし一部始終を知っているヤギは、もとの神様に戻って「いい加減な気まぐれで、悟りを開く修行は出来ません。形だけ真似をしても心が伴わなければ修行とは言えません。間もなく飢え死にしてそのまま地獄へ落ちて行くのが偽物の受ける罰です」と言い残し、インドラの神は天に帰って行きました。狼は神様の言う通り地獄の裁きを受けることになりました。『ジャータカ物語』

 この狼と同じ気紛れな行為を重ねている人間も大勢います。自分勝手な都合で心を乱し、素知らぬ顔をして恰好だけ繕っている修行者が何と多いことか、恰好だけ繕って心が伴わなければ、この狼と同じです。
 偽物は所詮偽物です。本物ぶってみても本物になれない偽物です。誰も見ていないから、本物の振りをしたり、自分でも気が付かないまま本物ぶっている事があります。
 お釈迦様の教えを学んで清らかな日々を過ごさなければなりません。

合 掌



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