昔ある村に、一人の貧乏なお百姓さんがいました。ある日町へ買い物に出かけようとすると、途中でキツネをいじめている子ども達に出逢いました。「これこれ、可愛そうな事をするんじゃない」お百姓さんは子ども達からキツネを買い取って、そのまま山へ逃がしてやりました。買い物をするお金がなくなってしまったお百姓さんは、そのまま家に引き返しました。すると、誰かが家の前に立っています。「こんにちは」「どなたですか」お百姓さんが声を掛けると、若くて綺麗な娘さんが立っています。娘さんは「先程は、ありがとうございました。お礼に、恩返しに来ました」。お百姓さんは、お礼と言われても気が付きません。「私は先程、助けていただいたキツネです」「あの時のキツネですか。お礼なんていらないから、捕まらないうちに早くお帰りなさい」。「有難う御座います。直ぐに帰ります。それより、恩返しをさせてください。受けた恩は二倍にして返すのがキツネの決まりです。」そしてキツネは、「町の長者が病気で苦しんでいます、私が今から『妙薬』という、病気を治す薬に化けますから、あなたは医者と名乗って長者の家に行き、私が化けた薬を飲ませてあげてください。そうすれば長者の病気は治るでしょう。」妙薬を飲んだ長者の病気は、すっかり治りました。

 ひどい日照りが続いたある夏の日、田植えは終わりましたがその後は、一滴の雨も降りません。村人は鎮守に行って雨乞いのお祈りも捧げました。しかし全く効き目がありません。このままであれば、お百姓さんをはじめ村中の人の食べるお米が無くなってしまいます。
 お百姓さんは皆で相談して、川の水を桶に汲んでは田圃に運びました。しかし数日も続けると皆くたくたに疲れて、働く元気がなくなってしまい、川の土手にばったり倒れ込んで眠ってしまいました。朝になって気が付くと、雨も降っていないのにいつの間にか田圃に水が入っていて、稲は青々と元気を取り戻していました。次の晩も、又その次の晩も同じ事が続きました。
 不思議に思った村人が、眠らないで待ち構えていると、真夜中にザァーザァーと水の音が聞こえてきます。そっと近づいてみると、黒い人影が一人桶を担いで川と田圃の間を行ったり来たりして、水を運んでいました。その働きぶりは、とても普通の人とは思えない程です。寝ずの番をしていた村人は、「お前さんは誰だい。どうして田圃に水を入れてくれるんだ。」と尋ねました。「私は以前お百姓さんに助けて頂いたキツネです。もう一つの御礼が出来ていないので、その恩返しに水を運んでいます。でももう今夜でお終いです。明日になればきっと雨が降りますから。」と何処かに姿を隠してしまいました。
 そのキツネの言った通り、次の日から雨が降って稲はすくすくと成長しました。そして秋になると黄金色の稲穂が、たわわに実りました。
 村人は、助けてくれたキツネの恩を忘れることなく、村の入り口に立派な稲荷神社を建て、まごころを籠めて祀りました。

合 掌



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