お釈迦様は阿難と共に王舎城内を托鉢しておられました。よく晴れていて暑さの中、汗みどろになりながらもとてもお元気です。今日も無事に勤めを果たすことができたので、ニコニコとしておられました。暫く進むと、糞尿を捨てる大きな穴があり、臭い匂いが立ち込めていました。お釈迦様は、その穴に近付き立ち止まって、じっと穴の中を見ておられました。そこには、沢山の蛆虫うじむしうごめいていました。その中に人間の形に似た蛆虫がいて、お釈迦様を見てしきりに頭を下げているように見えました。お釈迦様が御覧になっているのは、どうやらその蛆虫のようです。お釈迦様の顔は、にこやかさが消えて深い悲しみに変わりました。お釈迦様は、静かに両手を合わせられました。阿難も訳が分からないまま、慌てて手を合わせました。

 霊鷲山にお帰りになったお釈迦様は、大勢のお弟子様を集めてお話をされました。その時阿難は、お釈迦様に「どうしてあの蛆虫を見て悲しげなお顔をされ、手を合わされたのですか」と尋ねました。するとお釈迦様は、こんなお話をされました。
 「昔々ある処に、深く私の教えを敬い、出家して修行を積んだ青年がいました。悟りを開く為に一所懸命戒律を守りました。その内にあんなに偉いお坊さんはいないと評判になり、王様をはじめ、大臣やマハラジャ等、大勢の人が集まるようになりました。おまけに立派な精舎(寺)まで建てもらい、そこで私の教えを説いていました。ところがその修行者に多くのお弟子様ができたり、お供物がたくさん届くようになり、お金にも不自由しなくなりました。するといつの間にやら、慢心が頭をもたげ、知らず知らずの内に戒律を破り、してはいけない事や思ってはならない事を思うようになりました。欲張りの心がそうさせるのでした。
 ある時、マハラジャがとびっきり上等な乳製品を沢山お供えしてくれました。そのことを知った街の人々は、お参りをすればお供え物の御下がりが戴けるので、その乳製品が御下がりとして配られるに違いないと思い、精舎は大勢の参拝者で賑わいました。
 修行を積んだ偉いと評判のお坊さんは、参拝者を見て惜しみ心が起き、急に顔色を変えて接待係に『頼みもしないのに御下がりを目当てに来た者に、上等の乳製品など渡す必要はない』と言いつけ渡しませんでした。大勢の人々は、口々に不満を述べました。するとその修行者は『私のような厳しい修行を積んだ者と、お前たちとは格が違うのだ。帰れ帰れ』と怒鳴り散らしました。欲張りの心を起した修行者は、目を怒らせて人々を睨み付けました。『お前たちのような者は、上等な乳製品など食べる値打ちはない。』布施の心を忘れた修行者は、いくつもの戒律を破ってしまいました。
  阿難よ解りましたか。戒律を破れば、必ずその報いを受けなければなりません。あの穴の蛆虫は、言ってはならない悪口のみならず、布施をしないで独り占めにした罪の報いを果たすまで苦しみを受けなくてはなりません。こんな報いに苦しまなければならない事をよく考え、常に自分を振り返り、深く慎み、父母や多くの人々に対して優しく接する様にしなければなりません。」
 霊鷲山の空は、黄昏時になっていました。
 このお話は、『大方便佛報恩経 第三』に登場します。

合 掌



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