昔々、ブラフマダッタ王がベナレスの都で国を治めていたころのことです。ボーディサットバ（お釈迦様の前生）がある村の地主の家の牝牛の子に生まれ変わりました。名前を「大赤マハーローヒタ」と呼ばれていました。お釈迦様の前生であるこの牛には、「小赤チュルラローヒタ」という名前の弟がいました。地主の家の兄弟牛は、毎日車を引く仕事をしていました。地主の家は、働き者の牛のお蔭で、仕事が捗り幸せな暮らしをしていました。この家には、賢くて美しい娘がいて、マハラジャからお嫁入りの話が纏まりました。地主の親は、娘の結婚式の日に、盛大な披露宴を開き、特別に美味しい料理を御馳走しようと計画しました。地主の家には、「ムニカ」という名前の豚がいて、大好物の乳粥を食べさせ太らせていました。

　それを見た「小赤」は兄の「大赤」に不満を漏らしました。「この家の車を引っ張る力仕事は、全部兄さんと僕とでしているのに、僕たちが貰う食べ物といったら、草と藁だけじゃないか。あの豚は、美味しい乳粥を腹いっぱい食べて、ブクブクと太っているじゃないか」すると「大赤」は言いました。「小赤よ、太っている豚を羨むもんじゃない。この家の人たちが豚を太らせているのは、娘の結婚式にお客様に太った豚をご馳走する為なんだよ。見ていてごらん。もう四、五日もすると丸焼きにされ、披露宴のテーブルの上に出されて、食べられてしまうんだよ。」
　兄牛の「大赤」は、この事を詩に変えて繰り返しました。「死の御馳走を食べている　哀れなムニカを羨むな　お前は粗末な籾殻を　食べて満足するがよい　それで長生きできるのさ」

　結婚式の披露宴に大勢のお客様が来ました。そして丸焼きにされた豚のムニカは、様々なご馳走に料理されてしまいました。「大赤」の姿をしたボーディサットバは、「小赤」に言いました。「小赤よ、ムニカを見ましたか。」「ムニカが散々ご馳走を食べさせられた挙句、どんな目にあったかよくわかりました。我々の食べ物は、草と藁ばかりだけど、それでもあんなご馳走より百倍も千倍もいいね。何故って、これさえ食べていれば安全で長生きのもとだからね。」このお話は『ジャータカ物語』に登場します。

　「幸せとは何か」と考えた時、思う存分贅沢をして、自由奔放に生き、美味しい食べ物を腹一杯頂いて、物質的な繁栄が「幸せ」と錯覚してしまいがちです。贅沢三昧に耽った生活を羨ましがる気持ちは理解できない事はありませんが、真剣に真面目に努力を重ねて正しい行いを続け、心を充実させることが幸せな生き方であると教えられています。

合　掌

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