泥棒を生業なりわいにしていた男がいました。一度も見つかった事がありません。だからその男を誰も泥棒だとは思っていませんでした。でも周りの人は、働きもしないで贅沢な暮らしができる事に、疑問を感じていました。

 大きなお寺がありました。そこには黄金で出来た大きな釜がありました。その男は、黄金の釜を盗んでやろうと思い、偽坊主にせぼうずとなり寺に紛れ込みました。隙を狙うのですが、なかなか上手くいきません。おまけにお坊さんの恰好をしているので、お経を読んだり、お説教を聞かなければなりませんでした。「善業ぜんごうを積めば、善い報いを受け、悪業あくごうを重ねれば、悪い報いを受ける」お説教を何度も聞かされました。その内に偽坊主になって黄金の釜を盗むことが嫌になりました。おまけに偽坊主もやめて、寺を出て行きました。

 暫くしてその男は、国の王様が珍しい宝物を蔵に集め、飾って楽しんでいる噂話を耳にしました。その話を聞いた男は、早速蔵に忍び込んで、盗み出しました。王様は直ぐに「泥棒を捕まえたら望み通りの褒美を与える」と御触れを出しました。暫くして一人の大臣が、街に犯人らしき男がいる事を王様に伝えました。呼び出された男に王様はニコニコと優しく訊ねました。「仕事は何をしているのだ」男は「何もしていなくて遊んでいます」すると王様は「今からお城の蔵係になって、働いてくれまいか」そう言っていきなり蔵の鍵を渡しました。
 驚いたのは、その男です。鍵さえあれば蔵の宝物を盗み出してもわかりません。でもすっかり自分を信用してくれている王様を見ると、宝物を盗み出す気にはならなくなり、真面目に働きました。

 ある日の事、王様は珍しい宝物を全て盗まれた話をしました。それを聞いた男の顔色が変わりました。翌日その宝物を王様の前に持ってきて、「その泥棒は私です。牢に入れて下さい」と正直に答え頭を下げました。
 王様はいつものようにニコニコ笑顔で「宝物が戻ればいい。今まで通り働いてくれ」と言いました。男は大きな涙を流しながら王様の優しい心に感動し、本当のお坊さんになってお釈迦様の弟子になりたいと王様に手を合わせお願いしました。

 このお話は、『選集百縁経』に登場します。王様の優しい心は、全ての人々を幸せにしました。お釈迦様の教えに、信財しんざい(信仰は悟りの宝)・戒財かいざい(戒律を守る事は悟りの宝)・慚財ざんざい(自分が不完全であることを認識している心)・愧財ぎざい(自分の犯した罪を他に対して恥じる心)・聞財もんざい(正しい教えを聞いて実践することは悟りの宝)・捨財しゃざい(平等心を持って財を施す心)・慧財えざい(智慧という財宝)の「七聖財しちしょうざい」があります。この第一が信財です。
 王様は、疑うことなく男に仕事を任せました。その事が男の「正しい人生」という生き方を目覚めさせたこととなりました。