福澤諭吉は天保5年(1834)12月12日に生まれ、明治34年(1901)66歳で一生を終えられました。
 日本国民が世界に誇れる人物で、教科書に掲載されるなど一般によく知られていて、すぐに思い浮かべることができるのは、肖像画が紙幣に用いられているからでしょう。昭和59年(1984)11月1日発行以来39年間に亘り、最高額紙幣の顔であり続けています。
 明治維新後の日本人は自覚ある国民として、民主主義国家の主権者となるために学ぶ必要性があると考え蘭学塾を創設、これが現在の慶應義塾大学の始まりです。また著書の代表作である『学問のすゝめ』は、明治5年(1873)2月から明治9年(1876)11月の5年間に初編から17編まで執筆されました。亡くなる前年まで様々な書物の執筆や刊行を続け、教育者として積極的に活動しました。

 数ある著作の中でも、『ひゞのをしへ』は、福澤諭吉が明治4年(1871)10月14日から11月にかけて幼い二人の息子のために書いた教訓集です。一般に公表する為ではなく、半紙を四つ折にした帳面に、子供に分かるように、殆ど平仮名を使って書かれています。今回読みやすくするため、ここでは漢字に書き替えました。佛教の基本に則るとても興味深い内容です。

「日々の教え 二編」
 東西、東西。日々の教え二編の始まり。お定めの掟は六ヶ条、耳をさらえてこれを聞き、腹に納めて忘するべからず。
 第一 天道様を恐れ、これを敬い、その心に従うべし。但しこゝに言う天道様とは、日輪のことには非ず、西洋の言葉にてゴッドと言い、日本の言葉に翻訳すれば、造物者ぞうぶつしゃ(宇宙間の万物を造った者)と言う者なり。
 第二 父母を敬い、これを親しみ、その心に従うべし。
 第三 人を殺すべからず。けものむごく取り扱い、虫けらを無益に殺すべからず。
 第四 盗むべからず。人の落としたる物を拾うべからず。
 第五 偽るべからず。嘘を吐いて、人の邪魔をすべからず。
 第六 貪るべからず。無闇に欲張りて、人の物を欲しがるべからず。

 天道様の掟と申すは、昔々その昔より、今日の今に至るまで、少しも間違い有る事なし。麦を撒けば麦が生え、豆を撒けば豆が生え、木の船は浮き、土の船は沈む。決まりきったる事なれば、人も是を不思議と思はず。されば、今、善き事をすれば、善き事が報い、悪き事をすれば、悪き事が報うも、是また天道様の掟にて、昔の世から、間違いし事なし。然るに、天道知らずの馬鹿者が、目の前の欲に迷うて、天の掟を恐れず、悪事を働いて、幸いを求めんとする者あり。是は、土の船に乗りて、海を渡らんとするに同じ。こんな事で、天道様が騙さるべきや。悪事を撒けば悪事が生えるぞ。壁に耳あり、襖に目あり。悪事を為して、罪を逃れんとする莫れ。 『ひゞのをしへ』

 現在の私たちこそが実践しなければならない、お釈迦様の教えに通じる大切な教訓です。