日常生活で何気なく使っている当て字(充て字・宛字)。当て字とは、代わりとなる字を充てたり季節感や状況を表記して現します。例えば、「五月蝿いうるさい」「八釜やかましい」「三和土たたき」「秋刀魚さんま」「銀杏ぎんなん」「公孫樹いちょう」「煙草たばこ」等、数々の言葉を当たり前のように使用していますが、それぞれ面白い謂れや成り立ち、信条があります。

 五月の蝿と書いて「うるさい」とは到底読めません。「五月蝿い」は、物音が大きすぎて耳障りである。やかましい。注文や主張や批判が多く煩わしい。細かくて、口やかましい。どこまでもつき纏われて邪魔である。物が多すぎて不愉快だ。しつこい。と辞書に登場します。
 しかし本来の意味は、とても優れている。細かく行き届いている。技芸が素晴らしい等、細かい処まで配慮が行き届くことを「五月蝿い」と言い、「嫌になるほど素晴らしい」というのが当初の使い方でした。正しくは、「良い」事であったのが正反対の「悪い」「不愉快」な事になり、いつの時代からか大きく変化した一例です。
 旧暦で五月は夏の真っ盛りです。蝿が一斉に繁殖する時期であり「五月蝿い」となり、蝿の飛ぶ様子から当て字が使われるようになりました。

 「八釜しい」は、八つのお釜を並べて一斉にお米を炊くと、蓋がガタガタ音を立てて鳴る事から、八つの釜と充てられました。今では殆どが炊飯器でご飯を炊く為、この当て字からは全く想像もつきません。

 「三和土」は、土や砂利に消石灰と苦汁にがりを混ぜると硬化する性質を利用して、固めた素材です。三種類の材料を混ぜ合わせることから「三和土」と書き、土間の床に使われていました。地面を固めるために古くから使用されていた三和土は、明治になってセメントが外国から輸入されてからは、殆ど使われなくなりました。

 さんまが「秋刀魚」になったのは、獲れる時期とその体形が由来となっています。銀色で細長い形状をした姿は、刀のように見えるのでこの漢字が使われるようになりました。

 中国原産のいちょうは、高さ30メートルに達する落葉高木です。「公孫樹」とは、老木にならないと種が実らず、孫の代になってやっと実ることから、公(祖父)孫樹の漢字が充てられました。「公孫樹」の種は「銀杏」として食用にします。東京大学の構内や大阪の御堂筋には街路樹として植えられ、秋の紅葉は一際ひときわ美しく私達を楽しませてくれます。

 たばこ(tobacco)はもともと外来語ですが、16~17世紀にスペイン人によって東南アジアに伝来し、その後日本に広まったようです。スペイン語・ポルトガル語が語源のようですが、そのまま日本語化しており、「煙草」の当て字が使われています。平仮名で「たばこ」と表記されるのが一般的です。

 この様に、当て字を用いて季節感や形状・歴史を表現することは、大和民族の表現力の豊かさ、感受性の高さを示しており、漢字と片仮名と平仮名の三種の文字を巧みに使い分け、更にアルファベット迄併記出来る素晴らしさは、世界中の言語で日本語だけです。

合 掌



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