長和四年(1015)に薬師寺の歴史を記した『薬師寺縁起』によると、藤原京から平城京への遷都にあたり、薬師寺の新しい寺地が勝間田池の主である竜神の導きによって西ノ京に決定されたという由緒が記されています。この池は、現在も付近の灌漑に役立てられていて、大池とも呼ばれています。東側の盛り上がった丘を竜王山と呼び、竜王社が建てられていましたが、明治二十四年(1891)の官令によって社殿は薬師寺境内に移築されました。
 竜王山から移され東院堂の南側に建つ竜王社は、元亀二年(1571)に建てられた春日造の小社殿で、八大竜王をお祀りしています。竜王又は竜神と呼ばれ、竜宮の神様です。水を司る水神として日本各地で祀られています。
 竜神が棲むとされる沼や淵で行われる雨乞いは、全国各地で行われていて、薬師寺に於いては毎年7月26日に近隣水郷の人々により竜王祭が執行されています。
 人類の多くは「雨は神様からの贈り物であり、それが途絶えるのは神様の罰である」という観念がありました。そこで雨乞いの儀式を行い竜神様の注意を喚起させ、喜ばせたり同情を引いたりしました。竜神様の功徳は、『妙法蓮華経』の序品に説かれていて、八大竜神を勧請して雨乞いの神事を行いました。
 竜神は農耕生産と結合する一方、漁村では海神として豊漁を祈願する竜神祭が行われ、竜宮から魚が齎されると信仰されています。秋になると淵の中に潜み、春には天に昇ることから、成功と発展の象徴とされ、中国では皇帝のシンボルとして扱われました。水中または地中に棲み、その啼き声によって雷雲や嵐を呼び、また竜巻となって天空に昇り自在に飛翔するといわれています。
 薬師寺竜王社ご神体の竜神は、平安時代に作られたもので、身体を大きくくねらせた姿勢から受ける迫真ある表現や鋭い眼差しと頭部の表情は、架空の動物ながら聖獣として威厳あるお姿で、迫力と神々しさを感じさせます。

 薬師寺から年4回発行している機関誌『薬師寺』第218号は、辰年に因んで「薬師寺辰詣で」と題して薬師寺に伝えられている竜にまつわる宝物を紹介しています。是非ご一読ください。

合 掌



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