遠い昔のお話です。自然豊かなヒマラヤ山の麓、カーシー国に暴悪な王様が住んでいました。他の国に戦争を仕掛けて、家や畑を焼くばかりではなく大勢の人を殺して権勢を誇っていました。美しい自然とは裏腹に、人々の心は荒れ果てていました。
 隣の国のコーサラ国王は、平和を愛する立派な王様でした。カーシー国の王様は、軍隊を引き連れてコーサラ国に攻めてきました。コーサラ国の王様は、国民を苦しませるのを避けて、国を明け渡しました。そしてお妃様と二人で深い山の中に身を隠しました。
 やがて玉のような可愛らしい王子様が生まれました。王子様はすくすくと成長し、勉強のために山を下りて学校に入りました。
 ある日突然カーシー国の軍隊が山に入ってきて、コーサラ国の王様とお妃様を探し出し殺してしまいました。王子もいる筈だと隈なく探しましたが見付け出すことが出来ませんでした。たった一人残されたコーサラ国の王子様は、両親の弔いを済ませ、カーシー国のお城の使用人となりました。一所懸命働いたので皆から尊敬され、とうとう王様の側近に選ばれました。
 ある日、王様のお伴をして狩りに出掛けました。山のあちらこちらを走り回って疲れた王様は、木陰で昼寝をしました。「しめた、ながい間の恨みを晴らして両親の仇を討つのは今だ」王子様は刀を抜きました。
 この時、子どもの頃父王に聞いた言葉が思い出されました。「恨みを持って恨みに報いたならば、お互いに恨みが消える事はない。恨みを持たない事が恨みを捨てる唯一つの道です」ハッとして王子様は刀を鞘に納めました。カチッと鞘に納まる音に王様が目を覚ましました。王様は「どうしたんだ」と尋ねました。王子様は今迄のことを全て正直に話しました。王様は「そうだったのか」と驚いて、自分の今迄の乱暴な行いを恥ずかしく思い、王子様に心から謝りました。「私が悪かった。もう二度と過ちを繰り返さない」。心を入れ替えたカーシー国の王様は、コーサラ国を王子様に返しました。そして自分のお姫様を王子様のお妃にして、二つの国はいつまでも仲良く平和に暮らしました。国民も二度と戦争のない幸せな毎日を送りました。『南伝大蔵経 長寿王子本生』

 やっと仇を討つチャンスが巡ってきたのに、亡き父王の教えを思い出して抜きかけた刀を納める、コーサラ国の王子様の勇気ある正しい行動が讃えられています。王子様の行動は尊い行為であることは理解できますが、私たちは、日常生活の中で実際に恨みを抱いたとき、怒りの燃え盛る心は消すことが出来ず、更に傷を深くしてしまっているのではないでしょうか。

合 掌



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