薬師寺をご参拝頂く方々から、時折宗派名を尋ねられます。「法相宗ほっそうしゅう」とお答えすると、ほとんどの方がご存じありません。
 法相宗は本来唯識の教理を中心に学んで研究する宗派でした。この教理は6世紀初頭に日本へ佛教が伝えられて以来、国を挙げて研鑽されました。けれども今では研究者によってのみ細々と伝えられているような状況です。理由は色々と考えられますが、難解な専門用語の羅列が多く、最も厳しい悟りへの道を教えとするところが、衰退の原因にあると思われます。
 令和元年8月16日に法相宗管長 薬師寺管主に晋山した小衲でさえ、これまで唯識の教理を専門的に学んでおりませんでした。すでにインドや中国では唯識学派の資料の大半が現存しておらず、日本においても南都寺院の一部に存在しているだけです。管主就任時に、このような現状を危惧した京都大学人文科学研究所の石垣明貴杞先生から、唯識学派の歴史と思想を誰にでもわかる言葉で、今文字に残しておくべきではないか、とお話を賜りました。こうして『唯識 これだけは知りたい』の制作がスタートを切りました。
 監修するにあたり、私への集中講義が始まりました。個人授業はサンスクリット語や中国語の原典を駆使したものでしたが、ご教授いただいた京都大学人文科学研究所の船山徹先生の解り易い講義で回を重ねることができました。
 本書の主たる方針は「唯識の教えが過去の学問にならず、正しく伝承されること」と、「広く様々な方に楽しんでお読み頂けること」です。そこで日本を代表する工芸家の諸氏にもご協力を仰ぎ、本書の為に佛教に纏わるテーマで新たな作品をご提供頂きました。日夜日本文化の牽引役を努めておられる先生方に、即座に本書出版のご賛同を頂けましたことを大変誇りに思います。また前文化庁長官の宮田亮平氏には、哲学や歴史の分野にある本書と、挿絵として掲載させていただく工芸作品を、伝承という観点から結びつけたご意見を頂戴し、複数の点からご推薦を賜りました。このように多くの方々のお力添えをいただいたこと、感謝の念に堪えません。
 インドだけでなく、日本人も佛教伝来時から、どのようにしたら悟れるのか、また悟りを得るとはどんな状態なのか、を唯識教理に求めてまいりました。本書の上梓を契機に、再び沢山の方々が真の幸せについて考え、平和な日々を送る事が出来ればと願っています。
 法藏館より出版した本書は、書店でお求めいただけます。定価1,500円(税別)

合 掌



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