ベナレスの郊外のヴィルヴァの森の椰子根元に1匹の兎が住んでいました。
 兎はふと「もしこの大地が壊れたらどうなるのだろう」と思いました。丁度その時、よく熟れたヴィルヴァの実がドサリと椰子の葉の上に落ちてきました。兎はその音を聞いた途端、「大地が壊れる音に違いない」と飛び上がって後をも見ずに逃げ出しました。
 その様子を見ていた他の兎が「なぜそんなに慌てて逃げるのですか」と尋ねると、「世界が壊れかけたのだ」と言いながら逃げました。他の兎も驚いて後を追い掛けました。1匹また1匹と慌てて逃げていく兎を見て、数千の兎が次々と逃げ出しました。更に鹿が加わり、猪が加わり、水牛、犀、虎、象とあらゆる動物が加わり、訳も分からず恐れて一緒になって逃げ出しました。
 その時、1頭の獅子が動物の慌てているのを見て訳を訊ねました。すると「世界が壊れかけているらしい」と皆が答えるので、きっと誰かが何かの物音を聞き間違えたのであろうと思い、このまま見過ごせば皆滅びてしまうかも知れない、命を助けてあげようと先回りして待ち受け、大きな声で吠えました。獅子の唸り声を聞いた動物たちは震え上がり、その場で立ち止まりました。
 獅子は動物たちの中に入って、何故逃げるのか尋ねました。「世界が壊れかけているらしいのです」と皆が答えました。「誰かそれを見たのですか」「象が知っています」象は「私たちではなく虎です」虎は犀から、犀は水牛からとだんだん元へ戻って最初の兎に辿り着きました。
 獅子は兎に尋ねました。「お前は世界が壊れるのを見たのですか」「はい本当です。私はそれを見たのです」と兎は答えました。「それを見た時どこにいましたか」「海の近くのヴィルヴァの森の椰子根元にいて、もしこの大地が壊れたらどこへ逃げようかと考えていたら、丁度その時、大地が壊れる音がしたので驚いて逃げ出しました」。獅子はそれを聞いて、熟れたヴィルヴァの実が椰子の葉の上に落ちてドサッと音がしたのを、兎が大地が壊れる音と早合点して逃げ出したに違いないと思い、獅子は兎を背中に乗せて「心配しなくていい。兎と一緒にその場所に行って確かめてくる」と言い、椰子の林に戻り本当に大地が壊れ出したかどうか確かめてから動物の群れへ帰りました。そして椰子の根元に落ちていたヴィルヴァの実を示して、動物たちの恐れていた不安を取り除いてやりました。止める者が誰もいなかったら、動物たちは海へ駈け込んで死んでしまう処でした。この獅子はお釈迦様の前世の姿で、お蔭で大勢の動物は命拾いできました。『ジャータカ』475

 人は正しい状況判断をしなければなりません。つまらない誤解が元で、悲惨な最後を招く事があるから注意しなければなりません。
 六波羅蜜に「禅定」の教えがあります。何事も慌てないで冷静に判断することです。心を動揺させない「おちつき」が、正しい結果をもたらすと教えられています。

合 掌



「加藤朝胤管主の千文字説法」の感想をお手紙かFAXでお寄せください。
〒630-8563
奈良市西ノ京町457 FAX 0742-33-6004  薬師寺広報室 宛