生物学におけるヒトとは、生物の一種であり、動物界・哺乳綱・サル目・ヒト科・ヒト属・ヒト種に属する動物の一種です。「ヒト」は「人間」の生物学上の標準和名で、学名は「Homo sapiens」(ホモ・サピエンス)「知恵のある人」という意味です。
 一般のサル類は、生まれてすぐに母親の体にしがみつく能力があります。しかしヒトの場合は目もよく見えず、頭を上げる(首がすわる)こともできません。これは直立歩行により骨盤が縮小し母親の産道が狭くなり、より未熟な状態で出産せざるを得なくなったためと考えられています。私たちの先祖はアフリカで誕生し進化、そして世界へ広がっていきました。

 ヒトの進化史における起源について、700~800万年前、他の類人猿と分かれて直立二足歩行を始めました(猿人えんじんの起源)。そして250~300万年前、道具を製作し使用するようになり肉食も開始します。その為脳も大きく進化しました(原人げんじんの起源)。更に20~25万年前に起源のある現生人類は、世代を超えて知識を蓄積し、先祖から受け継いできた文化を創造的に発展させていく能力を持つようになりました。所謂ホモ・サピエンス(新人しんじん)の誕生です。人類の進化の過程は、私たちの歴史の始まりです。
 それでは人類の起源となる生命はどのようにして誕生したのでしょうか。太陽系が出来たのは50億年くらい前で、地球に海が出来たのは40億年くらい前。その海の中に最初の生命として単細胞生物が生まれたのが30億年前。単細胞生物が進化を重ね、多細胞生物となりました。そして或るものは魚類に進化し、或るものは植物になり、爬虫類になり哺乳類になり人類になりました。宇宙における生命の流れは30億年という途方もない長さで続いています。よく知られているメソポタミヤ・エジプト・インダス川流域・中国の四大文明は、およそ5千年前に誕生しましたが、生命の起源と比べるとほんの僅かな時間に過ぎません。
 人間はしゅの進化の過程を繰り返してきました。人間の胎児が、発生の諸段階と生物の進化の諸段階で、魚類、両生類、爬虫類、原始哺乳類という進化を繰り返すような発生プロセスをたどることがわかっていますが、たんなる偶然なのでしょうか。母親の胎内に宿って十月十日とつきとおかの間に、体内で30億年の系統発生をもう一度繰り返すといわれています。受胎32日目の胎児では、古生代の軟骨魚類の特徴である心臓が魚類と同様に一心房一心室で、顔の側面には、魚類の鰓裂さいれつ(えら)に相当する数対の裂け目が現れるそうです。受胎35日目の胎児では、中生代初期の爬虫類の特徴であるえらの血管が肺の血管へと変貌を遂げ、胎児のひれのような突起が五本指の手を備えた腕になり、38日目の胎児では、新生代初期の原始哺乳類である眼が前方に集まり、尾骨びこつがまだ突き出ていて、体毛が生えているそうです。
 一切の生類の総称を「有情うじょう」と『阿毘達磨倶舎論あびだつまくしゃろん』に説かれています。有情が生死相続する過程について、「四有輪転しうりんてん説があります。四有とは、中有ちゅうう生有しょうう本有ほんぬ死有しうであって、有情の輪廻転生りんねてんしょう一期いちごです。は不亡存在の義で、有情の流転るてんする因果が展転相続てんでんそうぞくして滅亡する事がありません。そして中有より受生する瞬間を生有といい、生有以後は本有に入り、胎内たいない胎外たいげそれぞれを五位ごいに分けています。母胎に宿る胎内で、一、羯邏藍こんららん(Kalalan)「凝滑ぎょうかつ」と訳し、受胎より最初の七日間をいいヌメヌメとした状態を指します。二、頞部曇あぶどん(Arbudam)「ほう」と訳し、凝滑の上に薄皮を生ずる位です。三、閉尸へいし(Pesi)「血肉けつにく」と訳し、漸次固まっていく位です。四、鍵南けんなん(Ghana)「堅肉けんにく」と訳し、堅固になる位です。五、鉢羅奢佉はらしゃきゃ(Prasakha)「支節しせつ」と訳し、第五の7日以後出産に至るまでの34週をいい、この間に支肢しし・骨格が出来上がる位です。以上38の7日間いわゆる266日間胎内にあって発育を遂げます。
 胎外の五位は、一、母胎から出生し6歳に至るまでの間を「嬰孩えいがい」といいます。二、7歳より15歳に至るまでを「童子どうじ」。三、16歳より30歳に至るまでを「少年しょうねん」。四、31歳より40歳に至るまでを「盛年せいねん」。五、41歳以降を「老年ろうねん」と区分けしています。そして最後の死有に至り輪廻転生の一区切りが終わりますが、この死有に続いてまた中有・生有・本有・死有と生死流転しょうじるてんして止むことがありません。これを四有輪転といいます。

 初めから小さな人間として母胎に宿るのではなく、下等な単細胞生物としてあるだけで、それが魚になり動物になり最後に間違いなく人間として生まれてくる事が不思議と言わざるを得ません。人類の進化もさることながら、自分がこの様に元気なのは自分の力だけの様に思いがちですが、解らない程の不思議な仕掛けと働きが今日も自分の身体の中にあって、生かされていることに感謝せずにはいられません。

合 掌



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