『イソップ寓話』(イソップ物語・イソップ童話)は、紀元前六世紀頃にアイソーポス(イソップ)が人間生活の生き様を動物になぞらえ、庶民の身近に感じられる日常生活をたとえ話に纏めた寓話集です。
 この動物寓話の人気が高まるにつれて、それ以前から伝承されてきた古代メソポタミアや後世の寓話もアイソーポスの寓話集の中に組み込まれていきました。
 これらの古典寓話集が中世ヨーロッパでキリスト教の価値観を持ち、単なる娯楽的な寓話から教訓や道徳を示す教育的な意味が付加されていきました。
 日本へ伝えられたのは、文禄二年(1593)に『エソポのハブラス 』として紹介されたのが始まりで、古くから日本に取り入れられた西洋の書物といえます。その後江戸時代初期に『伊曾保いそほ物語』として各種出版されて普及し、明治時代になって渡部温わたべおんにより英語からの翻訳が進み、『通俗伊蘇普いそほ物語』として出版され、更に修身教科書にも取り入れられた事から、日本人の心に身近な物語として親しまれるようになりました。
 『イソップ物語』に登場する「アリとキリギリス」寓話の原作は「アリとセミ」又は「アリとセンチコガネ」でした。セミは熱帯・亜熱帯に生息し、ギリシアなど地中海沿岸にも生息してはいますが、ヨーロッパ北部ではあまり馴染みがない昆虫のため、ギリシアからアルプス山脈を北に越え伝えられる際、翻訳過程でキリギリスに変換されたそうです。日本に伝えられたのはアルプス以北からであったので、キリギリスが登場します。

「アリとキリギリス」寓話の結末は三種類あります。
夏の間、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごしていました。その一方でアリは冬の食べ物を蓄えるために一所懸命働きました。やがて冬が来て、キリギリスはお腹が空いたので食べ物を探しますが見つかりません。アリが食べ物を運んでいたことを思い出し、食べ物を分けてもらおうとお願いしました。

① アリは「夏は歌って過ごしていたのだから、冬は踊って過ごせば」と扉を閉めて追い返してしまいました。食べ物を拒否されたキリギリスは、アリの家の前で凍えて死んでしまいました。

② キリギリスは、夏の間に働いていたアリをからかってしまったことを思い出し、食べ物を分けてもらえないと思っていましたが、アリは「どうぞ食べてください。その代わり、キリギリスさんのバイオリンを聞かせてください」と言いました。キリギリスは大喜びでバイオリンを弾きました。そして次の年からは、真面目に働くようになりました。

③ キリギリスは、「もう歌うべき歌はすべて歌い終わりました。アリさんは私の亡骸を食べて生き延びて下さい」

①は後先を考えずに過ごすと後で困ることとなる結末です。
 夏に遊んで暮らして冬に苦しむキリギリスは、過去の行いを後悔します。目先の快楽に溺れた哀れな姿です。

②は困った人を助ける優しい人になる結末です。
 キリギリスにからかわれたアリが慈悲心(哀れみの心)をもって食べ物を分け与える優しさが、キリギリスを改心させました。優しさは相手を変えることができることに繋がります。

③は幸せの生き方はそれぞれ違う結末です。
 夏に遊んで暮らし冬に苦しむという不幸な生き方と考えられるかもしれません。しかしキリギリスにとっては、それぞれの生き方があることを示しているともいえるでしょう。例え冬に死んだとしても夏の一日を精一杯過ごすことが大切と考え陽気に生きる。時間を命がけで楽しむ。それぞれの生き方があることを示しています。
いずれにせよ考えさせられる結末です。

合 掌



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