『走れメロス』は太宰治が昭和十五年五月、「新潮」に発表した小説です。 道徳的な視点から読まれることが多く、教科書で採用された御馴染みの作品で、覚えている人も多いのではないでしょうか。
 正義感の強く純朴な羊飼いのメロスは、妹の結婚式のためにシラクスの町へやってきました。シラクスへ着いたならば親友で石工のセリヌンティウスに会う事を楽しみにしていました。シラクスに到着したメロスは、町の様子の異変に気付きます。老人に尋ねてみると、疑い深いディオニス王は人間不信に陥り、多くの人を処刑している話を聞きました。倫理観の強いメロスは、暴君ディオニスに抗議するため王宮に潜入するのですが、あえなく衛兵に捕らえられ、王のもとに引き出されてしまいました。「人間など私欲の塊だ、信じられぬ」と断言する王にメロスは「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ」と反論したことにより、処刑されることになってしまいました。
 メロスはディオニス王に「妹の結婚式が終われば戻りますから処刑を猶予して下さい」とお願いします。そして親友であるセリヌンティウスを人質に自分の身代わりに置くことを条件として、三日後の日没まで猶予してもらいました。
 王は死ぬために再びメロスが戻って来るなどと信ずる筈がありません。セリヌンティウスを処刑して信じることの馬鹿らしさを証明してやる、との思いで条件を承諾しました。
 結婚式の途中、メロスは「一生このままここにいたい」と思いました。しかし、王宮で待っているセリヌンティウスのことを考え、戻る決意をします。
 妹の結婚式を無事に終えると熱い友情で結ばれたメロスは三日後までに戻らなければセリヌンティウスは身代わりとして殺されてしまうため、王宮に向けて懸命に走り出しました。
 夕刻までに到着するつもりでしたが、豪雨で川が氾濫して橋は流され舟もなく、メロスは途方にくれます。そしてメロスは荒れ狂う川に飛び込み、懸命に泳いで渡りました。そこへ盗賊が出没します。メロスは力を振り絞って盗賊を倒しました。しかしメロスは身心共に力尽きて倒れ込んでしまいました。セリヌンティウスを裏切って逃げ、王のもとに戻ることを諦めかけましたが、近くから湧き出る清水の音を頼りに起き上がり水を飲み、体力を回復させ、再び走り出しました。信ずることの大切さの為に、信じて疑わない友人の命を救う為に、自分の命を捧げる為に力一杯走りました。
 今まさにセリヌンティウスがはりつけにされようとする日没直前に到着し、約束を果たす事が出来ました。そしてセリヌンティウスを裏切ろうとしたことを告げて詫びました。セリヌンティウスもメロスを疑ったことを告げて詫びました。二人の真の友情を見たディオニス王は改心して二人を釈放しました。

 道徳的な視点を捉えた『走れメロス』は、疑いの心を作り出し約束を破ろうとするお互いの心の変化が描かれていて、人間らしさが表現されています。
 結婚式で妹の幸せそうな姿や、村人の陽気な様子を見て「一生このままここにいたい」と思う自己中心的で、諦めそうになる人間の汚い心を必死に正当化しようとする処に私たちが日頃創り出している心の善悪を顕わにした人間味があります。
 日常生活の模範となるよう正直で謙虚な行動を実践する事が佛道修行です。

合 掌



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