薬師寺の御本尊薬師三尊様をお祀りしている金堂内に井戸があります。この井戸は、特別な法要の時に汲み取ってお薬師様にお供えする「御香水おこうずい 」です。
 御香水は、宮中の行事で往古より立春に汲み上げた若水を天皇陛下に奉献する慣わしが民間にも広がり、元日の朝に初めて汲む初水を神棚に供えることが各家庭でも行われています。若水は邪気を除くと言われ、神棚に供えた後、その水で年神様の供物や家族の食事を作り、年の初めの息災を願いました。
 水による清めの信仰は、神道と共に、佛教では「閼伽の水」として取り入れられています。清浄な力により身体と心を「清める」儀礼において水は精神的に最も大切です。水による清めという考え方は、根源的に深く人間社会の生活に根差していると考えられます。
 神社における手水は、神に参拝する前に、水の浄化力を流水によって手と口を清め、身体と心の穢れを取り去る「 みそぎ 」の儀礼です。寺院に於いても手水を行う手水鉢が設けられ、基本的行動である「身口意しんくい(人の身体、言葉、心)」の 三業 さんごう を清め、それぞれの御本尊様にまみえる前に行う敬虔な祈りの基本的所作です。
 水は宇宙空間に於いて最も大切で基本的な物質の一つと考えられていて、地球上に於いては、万物の命を維持する為に必要不可欠な物質です。 水に関してインドでは、地、水、火、風、空の「五大思想」が唱えられ、また中国では、木、火、土、金、水の「五行説」が唱えられてきました。 インドの五大思想とは、人間の肉体と精神の事で、地大は、人間の身体で、肉や骨等組織です。水大は、体内に含まれる水分(血液・汗・涙・唾液・小水等)です。火大は、体温です。風大は、呼吸です。ここまでが肉体です。空大は、精神いわゆる心です。肉体の何れの部分でも機能が損傷されると不調を来します。また肉体は正常に働いても空大である精神が不調を来すと健康が損なわれます。肉体と精神の調和がとれていることが健康です。 中国の五行説とは、自然の輪廻の事で、木は、山野に繁茂する樹木です。火は、その火によって樹木を燃やし、土を造ります。土は圧力や熱による永年の変化により金属が生じます。金属が冷え結露する事から空中の水分が水となります。水があるから樹木が繁茂します。所謂循環の摂理、輪廻の思想です。インド・中国の何れも自然の根源は水が基本で、水は必要不可欠な物質です。
 佛教の教えに 「 一水四見 いっすいしけん 」という教えがあります。認識の主体が変われば認識の対象も変化する教えで、同じものでも見る立場や心によって違いが生じ、例えば水は4つの見方が可能です。
1 人をはじめ万物の命を維持する為に必要なものは水です。
2 水中に生息する魚類にとって水は住家です。水無くしては生きていけません。
3 天人にとって水は、瑠璃や水晶のような美しい宝石に見えるそうです。
4 餓鬼にとって水は、炎の燃え盛る血の膿に見えると説かれています。
これは「人間」「魚」「天人」「餓鬼」というそれぞれの立場で「水」を見た場合、見る心の違いによって同じ対象物が異なって認識されることの例えです。
 人間は、環境や境遇、教育や経験によって思考や興味等様々です。それぞれ独自の世界観と価値観があります。 人生の中で、いろいろな苦しみや悩みに出合った時、ものの見方を自分自身が変える柔軟な思考を持つ事により、見えなかったものが見えてきたり、気付かなかった事に気付くことにより、世界感が変化します。だから一方的に決め付けないで、人の意見や考え方を聞く耳を持つ素直さと謙虚な姿勢が大切です。

合 掌



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