インドでは、古くは生前によい行いをした人は、天界にある「yama(ヤマ)」の国(音訳されて閻魔)に行くとされ、そこは死者の楽園であり、長寿を全うした後にヤマ(閻魔)のいる天界で祖先の霊と一体化することは、理想的な人生だと考えられていました。 しかし時代が過ぎ生活の変化に伴いヤマ(閻魔)は、赤い衣を着て頭に冠を被り、手に捕縄を持って死者の霊魂を縛り、骸骨の姿をした死の病魔で死神としても描かれるようになります。 更にまたヤマ(閻魔)の世界は地下で、死者を裁き、生前に悪業をなした者を罰する恐るべき処と考えられるようになります。ある時は場所であったり、ある時は人であったり曖昧な存在として描かれていきます。
 中国に伝わると、道教における冥界・泰山地獄の主である泰山府君と共に冥界の王であるとされ、閻魔王、あるいは閻羅王として地獄の主に変化しました。
 日本では、閻魔王の本来の姿は地蔵菩薩で、地獄と浄土を往来出来るとされています。閻魔王の横には、浄玻璃鏡という特殊な鏡が装備されていて、この魔鏡は亡者の生前の行為を記録したものを、命が尽きた途端、 瞬時に今で言う光ファイバーを通してスクリーンに上映する機能を持っています。裁かれる亡者が閻魔王の尋問に嘘をついても、たちまち見破られてしまいます。脇には司録と司命の書記官が左右に控え、閻魔王の業務を補佐しています。
 1月16日と7月16日前後、奉公人は休暇を貰い「閻魔賽日えんまさいじつ・閻魔参り」と呼んで故郷に帰る藪入りの習慣がありました。地獄もこの日ばかりはお休みとなり罪人を煮る釜の蓋が開き、 亡者も責められることが有りませんでした。 地獄の鬼さえも罪人を責めるのを止め休暇を取るのだそうです。この日を「釜蓋朔日かまぶたついたち」と呼び、お盆休みを頂きました。

 閻魔王には蒟蒻がよく供えられています。閻魔王は蒟蒻が大好物であると言われている為で、各地の閻魔堂で蒟蒻炊きの行事が行われています。東京小石川の源覚寺では、蒟蒻を供えれば眼病が治るという「こんにゃくえんま」像が有名です。
 源覚寺の閻魔王にはこんな言い伝えがあります。宝暦年代(1751〜1764)の頃、お婆さんが閻魔王に21日間の眼病平癒の祈願を行ったところ、夢の中に閻魔王が現れ「願掛けの満願成就の暁には、私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」と言われたそうです。 満願を迎えると、お婆さんの目は治りました。源覚寺の閻魔王の右目部分が割れて黄色く濁っているのはその為だそうです。お婆さんは感謝のしるしとして大好物の「蒟蒻」を断ち閻魔王にお供え続けたということです。 以来源覚寺の閻魔王は「こんにゃく閻魔」と呼ばれるようになり、眼病治癒の閻魔王として人々の信仰を集めています。

 いつの時代も、閻魔王の像をお参りするにつけ、自分が地獄に落ちないように、そして先祖の霊が苦しみを受けていないように祈ったに違いありません。恐ろしい顔で私たちを叱咤しているのは、再び罪を造らせない為で、私たちも閻魔王に叱られないようにしなければなりません。

合 掌



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