ヒマラヤ山の南のふもとを流れるローヒニー河のほとりに、釈迦族の都カピラがありました。その王シュッドーダナ(浄飯王じょうぼんおう)は、 世々純正な血統を伝え、城を築き、善政をしき民を導き、民衆は喜び従っていました。王の姓はゴータマといいます。
 また妃マーヤ(摩耶夫人まやぶにん)は、同じ釈迦族の一族でコーリヤ族とよばれるデーヴァダハ城の姫で、王の従妹です。姿は美しく心は素直に、種々の技に優れ、まことに佛の母となるべき徳を具えておられました。
 結婚の後、摩耶夫人は永く子宝に恵まれていませんでした。20幾年の歳月の後、6本の牙のある大きな白象が、安らかに眠る摩耶夫人の右脇下から胎に入る夢を見て懐妊しました。
 王の一族をはじめ国民は、ひとしく指折り数えて王子の出生を待ちわびました。王宮は歓喜と平和に満たされ、瑞雲はたなびいて層楼の甍を染めていました。臨月の或る日、夫人は花園に春の遊びを思いたたれ、王の許を得て多くの侍女に侍かれ、 馬車でルンビニー(藍眦尼)の園に赴かれました。樹々は美しい花を匂わせ、孔雀の尾のような紺青の草は、吹く風に柔らかい薄衣のように揺れています。
 折りから春の陽はうららかに、アショーカ(無憂樹)の花は麗しく咲き匂っています。妃は右手を挙げてその枝を手折ろうとした、その刹那に王子が生まれました。天地は喜びの声を上げて母と子を寿ぎました。時に4月8日でありました。 そして王子はそのまま四方に七歩を運んで、「天上天下 唯我独尊 三界皆苦 我當安之」(天が上、天が下、我こそ最も尊ものとなり、世に満つる苦を除くであろう)と宣言されました。果てしなく広い宇宙に存在する全てのものは、 みな比類のない「ほとけのいのち」を備えているから尊いのです。と言う事でしょうか。
 神々は虚空にあって御母の摩耶夫人の徳を讃え、龍王は冷たい甘水と温かい甘水を降らして王子の御身を洗い、大地は一斉に歓喜に震い動きました。シュッドーダナ王の喜びは例えようがなく、 やがて王宮に迎えられ全てが順調に運び一切の願いが成就したという意味のシッダールタ(悉達多)と名付けられました。
 そのころ、アシタという仙人が山で修行していました。城のあたりに漂う吉相に驚いて、甥のナランダ(那羅陀)という童子をつれて王宮を訪ね、恭しく王子を抱いて忽ち悲しみの涙に咽びながら「王よ、この王子がもし家に在せば転輪王となって四天下を治められるでありましょう。 しかし出家して佛となられ、普く人々を恵みたもうでありましょう。私は年老いて、この佛の御法を聞くことができぬ事を思って、図らずも悲しみの涙に咽びました」。
 浄飯王はこれを聞いて大いに歓び、仙人と那羅陀を手厚く供養せられました。はじめ王はこの予言を聞いて喜びましたが、次第にもしや出家されてはという憂いを持つようになりました。
 しかし、喜びの裏には悲しみもありました。摩耶夫人は間もなくこの世を去って忉利天とうりてんに生れ、王子は以後、夫人の妹マハープラジャーパティー(摩訶波闍波提)によって養育されました。

このお話は『佛伝ぶつでん』『方広大荘厳経ほうこうだいしょうごんきょう』 『長阿含経じょうあごんきょう』等に登場します。

合 掌



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