このお話は、お釈迦様の前生譚ぜんしょうたんといって、あんなに偉いお釈迦様が、急にこの世に出られるはずはない、きっと前生でたくさんの功徳を積まれたに違いないという考えに基づいて作られたお話です。

シビ王という王様(実はお釈迦様の前生の姿)がいました。ある日お城の庭を歩いていると懐に1羽のハトが飛び込んできて言いました。「助けてください」。続いて1羽のタカが飛び込んできて近くの木の枝にとまって言いました。 「そのハトは俺のハトだ。返してもらおう。シビ王は言いました。「このハトは私の懐に飛び込んできたのだら、無慈悲におまえに渡すわけにはいかない。なんとか助けてやってくれないか。」するとタカが怒って言いました。 「俺はもう3日も飲まず食わずで、今ようやくそのハトを見つけたのだ。そのハトを食べることができなければ、おそらく死んでしまうだろう。あなたはハトを助けてやっていい気持ちかもしれないが、ハトを助けるなら、俺の方も同じように助けてくれ。」シビ王は困りました。 さんざん悩んだあげく、家来に天秤ばかりをもってこさせ、自分のモモの肉を切らせて、ハトと同じ重さになったところで、その肉をタカに食わせようとしました。タカが「俺は生肉しか食わない」と言い張ったからです。 ところがどうしたことか、右のモモの肉を秤に乗せても、左のモモの肉を乗せ足しても、両腕の肉を乗せ足しても、体中のあらゆる肉を削ぎ落して乗せ足しても、ハトのからだの方がずっと重いままなのです。ついにシビ王は自らを秤に乗せました。 そのとたん、タカは梵天神(ブラフマン)の姿に、ハトは帝釈天(インドラ)の姿にもどり、シビ王を礼拝して「あなたこそはいつの世にか生まれ変わってお釈迦様となり人々を救うお方となられるでしょう」と言いました。

 この物語を現したガンダーラの彫刻には、やせ衰えた梵天のタカが空中を飛んで天秤を監視しているのに対し、帝釈天のハトはまるまる太ってずんずん重くなり、存在感いっぱいに頑張っているようすが描かれています。 今、私たち佛教徒は、国際社会においてハトの立場に立たされている者、タカの立場に立たされている者、さまざまでしょう。本来なら菩薩の立場、つまり他のために自らを捧げるシビ王の立場に立つべきなのですが、それも現実の生活にかまけて、 残念ながらなかなか実行することができません。
このお話は『ジャータカ物語』をはじめ『六度集経ろくどじつきょう』等に説かれています。

合 掌



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